2012年9月27日木曜日

富小でiPadの贈呈式 富良野ライオンズクラブ50周年記念事業

 富良野ライオンズクラブ(菊地敏紀会長、会員数76人)は26日午前、「タブレット端末機iPad」贈呈式を富良野小学校で行った。同iPadは同クラブの「チャーターナイト50周年記念事業」(式典は23日開催)の一環として、市内の全小学校(9校)に計135台(総額500万円)寄贈したもので、「英語の話せる富良野っ子を目指す日本一の学校づくり」を支援する。
 贈呈式には富良野ライオンズクラブ側から菊地会長、高橋博志さん、佐々木雅夫さんら6人、富良野小学校側からは6年生100人が全校児童を代表してそれぞれ出席した。また教育委員会側からは、児島応龍委員長、宇佐見正光教育長ら6人。
 はじめにタブレット端末機iPadを寄贈した主旨をDVDで紹介し、菊地会長ら3人の会員が6年生を代表した伊達真穂さん、小林美苑さん、木村明日香さんにiPadを贈呈した。
 この後、菊地会長が「私たちは友愛と相互理解を理念に活動しており、行政が進めている『英語の話せる富良野っ子を目指す日本一の学校づくり』を支援するため、iPadを寄贈することにした。インターネットを活用するなど、皆さんが世界に羽ばたき活躍することを期待します」などとあいさつした。また宮下敏校長が「素晴らしい贈り物。こうした時代だから大変貴重なものです。今後、授業でどのように使い、活用していくかが重要です」とお礼を述べた。
 これに対して児童会長の広瀬美月さんが「たくさんのiPadありがとうございます。授業の中でiPadを使い、色々なことを学んでいくのが楽しみです」とお礼を述べた。



書家・福瀬餓鬼さんの喜寿を祝い、一層の活躍に期待

 富良野市下御料の文化村にアトリエを構えている書家・福瀬餓鬼さんの喜寿を祝う会が22日夜、フラノ寶亭留=市内学田三区=で開かれ、福瀬さんと親交のある関係者など約80人が出席して長寿を祝い、「100歳まで現役として頑張って下さい」と今後一層の活躍に大きな期待を寄せた。
 福瀬さんは富山県大沢野町生まれ。書をはじめ篆刻、墨彩の大家として知られ、日本各地で個展を開催。さらにオランダ、中国、ドイツなど海外でも個展を開き、作品展はテレビでも紹介されるなど、独特の「餓鬼ワールド」を展開してきた。特に篆刻に関しては元総理大臣の中曽根康弘氏、俳優の故森繁久弥氏、元横綱の曙関など著名人のものも手掛けている。
 そんな幅広い作家活動を続けていた福瀬さんは、平成5年、縁があって富良野にアトリエを構え、20年近い歳月が過ぎている。この間、渓流釣りなど富良野の豊かな自然に囲まれて生活を楽しみながら、書を通して多くの市民と交流を行っている。数年前、体調を崩したものの、奇跡的に回復し新たな創作活動に意欲を見せている。
 喜寿を迎えたことから藤田嗣人さんが世話人となり、福瀬さんの喜寿を祝う会を企画し、日頃から親交のある人たちに呼びかけて、長寿と一層の活躍を祈念した。
 祝う会では中富良野町に在住するピアニスト・菅美穂さんがミニコンサートを開き、続いて若き日の福瀬さんの活躍ぶりと自然をこよなく愛している姿を映像を通して紹介した。福瀬さんが壇上で「山中に鹿を射る」の揮毫を力強く書き、出席者に披露した。
 この後、宴が和やかに催された。小学校から高校まで一緒に机を並べた同級生の大屋進さんが鎌倉から駆けつけ、「子供の頃から独特の世界を持っていた。病気した際は弱々しい声だったが、今ではすっかり回復し、新境地に入ったのではないか。本物になるには80歳、90歳からだと言った。100歳まで生き、感動と喜びを抱く書を書いてくれるものと思う」などと幼なじみの福瀬さんに対して大いなる期待を寄せる祝辞を述べた。

2012年9月25日火曜日

半世紀の歴史振り返り祝う 富良野ライオンズクラブが盛大に記念式典

 富良野ライオンズクラブ(菊地敏紀会長、会員数76人)の「チャーターナイト50周年記念式典」が23日午後、富良野演劇工場で開催された。同式典には、姉妹クラブの西脇ライオンズをはじめ、ライオンズクラブ国際協会331―B地区の18クラブと関係来賓など約300人が出席し、半世紀にわたる同クラブの奉仕活動を振り返り、節目を祝うとともに、新たな奉仕の第一歩とすることを確認した。また、記念事業では「英語の話せる富良野っ子を目指す日本一の学校づくり」に向け、市内の全小学校(9校)に総額500万円のiPad135台を寄贈した。
 同クラブは昭和37年(1962年)、芦別・旭川ライオンズクラブのスポンサーによる28人のチャーターメンバーで結成され、初代会長に桜木武氏が就任した。全国で131番目、北海道で45番目、331―B地区内で11番目に認証された。
 式典では物故会員の追悼を行った後、来賓、地区役員の紹介が行われた。続いて、菊地会長が「富良野ライオンズクラブの歩みは、ライオンズのモットー『ウィサーブ』を一義として、ライオンズの誓いを守り、幅広い分野にわたり地域分野に密着した奉仕活動を展開してきた。331―B地区において田村憲行さん、福士祐三さんの2人の地区ガバナーを輩出、今年度は佐藤信雄さんが地区ガバナーに就任し、輝かしい実践を重ねてきた」などと前置きした後、「更なる発展に向け、50年の歴史と伝統に裏打ちされた『ウィサーブ』の心を『次世代に継ぎ』、友愛と相互理解の理念を大切にライオンズ精神の高揚に努めてまいります」と式辞を述べた。
 この後、50周年記念アクティビティの発表が行われ、高橋博志大会委員長が、能登芳昭市長に総額500万円の目録を贈呈した。これに対して同市長は「グローバル社会に対する人材を育てるためには、教育環境のIT化は重要であり、これまで情報機器を利用する授業は、コンピュータ教室での実践が中心でしたが、今後は各教室での展開が可能となり、電子黒板との併用など幅広い授業で活用することができ、子供たちの学習意欲の向上につながるものと確信します」などと謝辞を述べた後、「地域での先導役として一歩一歩着実に礎を築かれてきた栄光と伝統を誇る、富良野ライオンズクラブ創立50周年の継続の足跡を節目に、より一層発展することを祈念します」などと祝辞を述べた。
 さらに331―B地区ガバナーに就任した佐藤信雄さんが「富良野ライオンズはローカルのクラブだが、B地区では会員数76人を擁する名実ともに名門クラブと自負している。ガバナースローガンは『友愛と感動で奉仕の絆』とした。会員同士の心と心が友愛で結ばれ、それが大きな奉仕の輪となり、恒久的世界平和のために、なお一層奉仕活動を推進していきたい」などと祝辞を述べた。



ひまわり幼稚園児が緑峰高農場でじゃが芋を楽しく収穫作業

 富良野緑峰高校園芸科学科の生徒とひまわり幼稚園児との連携学習会が好天に恵まれた8月29日、同校付属農場で行われ、生徒と園児が5月末に植えたじゃが芋の収穫作業を行い、お昼にはそのじゃが芋を茹でて楽しく試食した。
 同学習会は毎年実施している。今年もひまわり幼稚園の年長組(61人)と園芸科学科2年生(34人)、同3年生(2人)、園芸科学科職員(9人)が参加して春にキタアカリの品種を植えた。この後、生育の状況を観察し、3回目の学習会が収穫作業となった。
 今年のじゃが芋は6月にかけて全く雨が降らず干ばつとなり、生育が心配された。しかし7月から8月にかけて適度の雨が降り、順調に生育した。同日の収穫作業では園児たちは小さな手で手よりも大きく成長したじゃが芋を次々に掘り起し「こんなに大きくなった」と歓声を何度も上げていた。
 園児たちは用意したビニール袋の中にじゃが芋を次々に入れ、「もう持ちきれない」と嬉しい悲鳴を上げる場面もあった。そして昼には収穫したじゃが芋を農場横の広場で茹で、ほかほかのじゃが芋を食べ、満足な表情を見せていた。なお、この連携学習は10月にも行われ、収穫したじゃが芋を材料にカレーライスを一緒に作り、園児と生徒が収穫の喜びを共に味わう

2012年9月24日月曜日

富良野彌栄太鼓保存会 道青少年団体・グループ顕彰


 富良野彌栄太鼓保存会(篠嶋慎一会長)が、青少年を交えた地域貢献活動の功労で、財団法人北海道青少年育成協会主催の「平成24年度青少年団体・グループ顕彰」を受賞した。19日午後、篠嶋会長ら4人のメンバーが市役所を訪れ、能登芳昭市長に受賞の喜びを報告した。
 同顕彰は今月7日、札幌市の道民活動センター「かでるホール」で開かれた北海道青少年育成大会の席上で行われた。
 同保存会は昭和48年、市内の農業青年ら8人で結成された。同年の富良野市開基70周年式典で初出演し、作曲家の故八洲秀晃氏による作詞・作曲「彌栄太鼓」を披露した。以来、福祉施設への慰問をはじめ、成人式、神社例大祭、北海へそ祭り、ワイン・ぶどう祭り、スキー祭りなど年20回前後の出演をこなし、市内行事では欠くことのできない団体として活躍。現在、25人のメンバーが精力的な活動を行っている。
 さらに保存会の継続活動を行うため、昭和62年、小学3年生以上と中学生を対象とした「少年部」を新たに設立。週1回の活動を続け、太鼓の演奏を通じて、青少年の健全育成に取り組んでいる。現在、16人の小中学生が少年部に所属し活躍している。
 こうした長年にわたる公演事業や青少年育成活動が評価され、平成7年に富良野市文化団体協議会が主催する文化奨励賞、同17年に文化功労賞をそれぞれ受賞しており、同顕彰表彰へとつながった。
 報告したのは篠嶋会長、鈴木ジェシカさん、少年部に所属する富良野東中3年の中川里菜さん、富良野西中3年の川上茜さん。
 篠嶋会長は賞状を能登市長に披露し、「今後も精力的に活動し、富良野彌栄太鼓の普及に努めていきたい」などと受賞の報告を行った。
 ジェシカさんはオーストラリアの出身。3年半前、富良野スキー場を訪れた。その時、彌栄太鼓のメンバーを募集するポスターを見て入会した。「スキーを楽しんだらすぐ帰国するつもりでした。しかし彌栄太鼓の力強い演奏に魅せられ夢中になった。日本人の男性と結婚し、住居も構えました」などと笑顔で話し、16日に開催されたワイン・ぶどう祭りでも勇壮な太鼓演奏を披露した。
 また中川さんは中学1年の時、少年部に入った。「クラブ活動のサッカーと両立させるのが大変だったが、頑張り通すことができた」とこれまでの活動を振り返った。川上さんは小学5年の時から太鼓演奏を行っている。中学に入って陸上競技の選手として活躍。その一方、富良野彌栄太鼓少年部の一員として演奏活動を行ってきた。
 能登市長は「これまでの長年にわたる活動、後継者となる小中学生の育成にも努めており、本当にご苦労様」などと顕彰受賞を祝福し、篠嶋会長ら保存会と少年部メンバーの労をねぎらった。



魚を殖やすのは“森づくり”から トマムの国有林で植樹祭

 上川南部森林管理署が主催する「お魚を殖やす森づくり」植樹祭が好天に恵まれた14日、占冠村のトマム国有林246林班(鵡川源流部)で行われ、約100人がアカエゾマツの苗木500本を植えた。
 同植樹は今年で13回目。下流域に位置する鵡川の人たちが上流域に位置する占冠の地に、占冠村など富良野圏域の人たちと協力して「森づくり」を行い、きれいな水や栄養分を川や海に供給し、魚を殖やすのを目的に毎年実施している。
 参加したのは占冠村と鵡川町、鵡川漁業協同組合、南富良野、富良野、上富良野の関係者。占冠村からは中央小学校の3、4年生14人も参加した。
 開会式で主催者を代表して西川晃由署長が「森林づくりはきれいな水や栄養分を川や海に提供し魚を殖やすのみでなく、国土の保全をはじめ地球温暖化防止にも大きく貢献している。さらに鳥や動物など色々な生物の棲む場所やエサの供給源にもなっている」などとあいさつし、鵡川上流域での植樹の重要性を改めて訴えた。
 この後、グループに分かれ約30センチに成長した苗木を次々に植えた。今回はコスト縮減に向けた「コンテナ苗」20本を記念として植えた。小学生たちも「大きく立派な木に成長してほしいです」と大人に交じって一生懸命植えていた。
 同日は30度を超す猛暑となったが、植樹は1時間ほどで終了した。この後、植樹会場からトマムコミュニティセンターに移動し、鵡川漁業協同組合女性部が石狩鍋を参加者たちに振る舞い、しばし和やかな歓談と交流が行われた。

2012年9月20日木曜日

富良野市役所 全国大会へ
東日本軟式野球大会北・北海道大会優勝

 第35回東日本軟式野球大会(1・2部)北・北海道大会(北海道軟式野球連盟主催)が15日から17日までの3日間、富良野市民野球場など4球場で開催された。1部では富良野支部代表の富良野市役所が決勝で釧路支部代表の釧路市役所マリナーズを下し、来年(5月頃)、神奈川県で開催される全国大会に駒を進めた。また2部では富良野支部代表のベアーズ(中富良野)が決勝まで勝ち進み、準優勝を飾る健闘を見せた。
 同大会には1部に道内13支部から選抜された13チームが出場し、15日から富良野市民野球場と富良野市営若葉球場で3日間熱戦が繰り広げられた。
 富良野市役所は、2回戦で北見支部代表のメジャーを延長10回4―3、準決勝で紋別支部代表の紋別市役所を3―0、続く決勝で釧路市役所マリナーズを5―2でそれぞれ破り、念願の全国大会切符を手にした。
 決勝は富良野市役所が先攻、釧路市役所マリナーズが後攻。富良野市役所が1回と6回に1点ずつ得点した。しかし、7回裏に2点を許し、同点とされた。終盤戦に入って1点を争う接戦となったが、富良野市役所は8回表に長打などで2点、さらに9回表に1点をそれぞれ加点し、試合を優勢に進めた。
 しかし、9回裏、準決勝から連投した冨澤陽平投手(25、体育施設職員)が突然制球を乱し、連続の四球。1アウト満塁の大ピンチを迎えた。だが冨澤投手は最後まで球威が衰えず、力強い投球を見せ得点を許さずチームを優勝に導いた。
 富良野市役所は、消防職員、体育施設職員、病院職員、福祉施設職員の混成チーム。全国大会出場を目指し、これまで定期的に練習。北海道軟式野球連盟が主催する各大会に出場し、全国大会に向け挑戦してきた。富良野市役所は富良野市民野球場が完成した平成15年、高松宮賜杯北・北海道大会で優勝しており、2度目の全国大会出場となった。
 チームを率いる中島修主将は「優勝できたのはチーム力に加え、投手の軸となった冨澤陽平選手と弟の和明選手の活躍が光った。全国大会は来年(平成25年度)神奈川県で開催される。チーム一丸となって練習を行い、全国大会に臨みたい。」と意気込みを語った。
 2部には富良野支部代表の3チームと12支部から計15チームが出場。15、16日、上富良野町富原球場、中富良野町町営野球場で1回戦、2回戦、準決勝。決勝が17日、富良野市民野球場で行われた。
 富良野支部からはベアーズ、占冠村役場、多田クラブが出場した。占冠村役場は1回戦、2回戦と勝ち進んだが準決勝で帯広支部代表の勝興寺に1―3で惜敗した。また、多田クラブは2回戦で敗退した。
 ベアーズは、1回戦で網走支部代表のホクレン中斜里製糖工場を7―3、2回戦で中標津代表のJA中標津を4―1でそれぞれ破り、準決勝は北見支部代表のJOKERを6回コールド11―0で下し、決勝に進出した。
 決勝はベアーズが先攻、勝興寺が後攻。ベアーズは5回表まで3―2でリードした。しかしその裏、味方のエラーなどが続き4点を献上した。その後加点出来ず3―6で敗れ、惜しくも全国大会出場を逃した。



旭川地区で初優勝飾る 中富良野リトルスターズ

 今月1、2日、美瑛町スポーツセンターで開催された「第36回旭川地区ミニバスケットボール夏期大会」で、中富良野リトルスターズ(高嶋あや乃主将、17人)が女子の部で見事初優勝を飾り、11月に開催される第38回北海道ミニバスケットボール選手権大会旭川地区予選会に向け好スタートを切った。
 同大会には旭川、富良野、上富良野、中富良野、東川など旭川地区ミニバスケットボール連盟に加盟している20チーム(男子は16チーム)が出場し、旭川一の実力を競い合った。
 大会は8月18日と26日に、上富良野町と中富良野町、富良野スポーツセンターで行われた予選会から始まり、上位11チームによる決勝トーナメントが両日、美瑛町スポーツセンターで開催された。
 中富良野リトルスターズは、1回戦で美瑛を38―23で破り、続く準決勝では旭川の強豪・千代田に24―23の接戦で勝利した。そして決勝では同じく旭川の永山に対して43―18のスコアで圧勝した。
 中富良野リトルスターズは結成10年目で同夏期大会で優勝したのは初めて。4月に行われた大雪クラブ杯争奪第10回春季リーグ大会では準優勝を飾り、6月に行われた北海道ミニバスケットボール夏季交歓大会予選会ではベスト4と安定した力をつけてきた。今大会では第1シードとしての出場だった。
 主将の高嶋さん(6年)は「チームができて10年目に優勝することができ、とても嬉しい。11月に行われる全道選手権大会旭川地区予選会では優勝を飾り、全道大会に出場したい」と笑顔で答えた。
 また監督の北村貴志教諭(33)は「小さな学校なのでみんな仲が良い。チーム力で初優勝を飾ることができたと思う。放課後2時間の練習を行っている。中学校に行ってもバスケットボールを続けられるよう基本プレーを中心に指導している。11月の大会ではぜひ優勝し、全道大会に出場させたい」と選手たちの頑張りに大きな期待を寄せている。

2012年9月18日火曜日

100歳超 過去最多の10人

 17日の「敬老の日」を前に、平成24年度の富良野市長寿番付(満年齢)=8月末現在=が作成された。それによると、100歳以上は前年より1人多い過去最多の10人。最高齢者は明治39年7月生まれの井上喜市さん、106歳。65歳以上の人口は6532人で総人口に対して27・3%を占め、前年より0・7ポイント上回った。高齢者人口は毎年着実に増加しており、超高齢化社会へと向かっている。
 同番付は市と富良野市社会福祉協議会で毎年作成している。それによると、明治生まれは10人で前年より6人少なくなった。東の横綱は明治39年生まれの井上さんで、西の横綱は明治42年生まれの石川キクさん、102歳。富良野市で100歳が2けたになったのは初めて。過去最多だった前年は9人だった。
 同番付の掲載者は大正6年以前に生まれた88人。女性が圧倒的に多く、男性はわずか22人。65歳以上の高齢者人口を男女別で見ると、男性2720人(うち外国人3人)に対し女性は3812人(同5人)。また75歳以上では、3506人(同5人)で全体の14・7%。男性が1384人(同2人)、女性が2122人(同3人)。
 総人口に対する高齢化率を見ると、平成15年は22・8%で5889人(男2574人、女3315人)だったが、この9年間で4・5ポイントも上がり、富良野市でも高齢化社会がさらに進んでいるのが実態だ。
 なお、「敬老の日」に合わせ、きょう15日から17日にかけて、朝日町連合会(15日開催)など市内各会場で一斉に敬老会が開催され、75歳以上の高齢者を招待し長寿を祝う。



国境の島・樺太展

 富良野市教育委員会、道北地区博物館等連絡協議会が主催する「国境の島・樺太展」がきょう15日から、10月14日まで1か月間にわたり、富良野市生涯学習センター=山部東21線12番地=で開かれる。
 同展は、南樺太の自然環境、動植物、産業、民族、町並み、建物、文化、風俗などを写した戦前日本領時代の写真絵葉書200点を中心に、樺太アイヌの民具(皿や匙(さじ)など)、日露国境標石のレプリカ、ウミガラスのはく製などを展示する。
 また、戦時下の樺太について取材した記録ビデオ「海外引揚者の証言 悲劇と労苦の地樺太」(上映時間30分)も展示室内で上映する。今回の展示にあたっては旭川市博物館と社団法人全国樺太連盟北海道支部連合会の協力を得ている。
 展示時間は午前9時から午後5時(休館日は月曜日)。観覧料は無料。主催者側では「今回の樺太展では、戦前に写し出された様々な樺太の姿から、望郷の島・樺太の歩みと日露両大国の対立に翻弄された民衆の歴史について学びます。ぜひ、足を運んで観覧して下さい」とPRしている。

2012年9月13日木曜日

上富良野で交通死亡事故ゼロ1000日達成

 10日で交通死亡事故ゼロ1000日を達成した上富良野町で11日午後、「交通安全町民大会」が社会教育総合センターで開かれた。児童生徒をはじめ約800人が参加して交通安全宣言を行い、町民一丸となった交通安全運動を一層推進していくことを確認した。
 同町で最後に交通死亡事故が発生したのは平成21年12月15日。同大会は上富良野町生活安全推進協議会(本田邦光会長)の主催で開かれた。
 はじめに本田会長が「交通安全運動や交通安全教室など地道な活動の実践で10日に交通死亡事故ゼロ1000日を達成した。今後も1500日、2000日に向け全力で取り組んでいきたい」などとあいさつし、改めて交通安全運動の大切さを訴え、子供たちをはじめ大勢の町民に協力を呼びかけた。
 続いて向山富夫町長が「1000日達成は一つの通過点。新たな目標の出発点として今後も総力を挙げて交通安全運動に取り組んで下さい」などとあいさつ。
 この後、交通死亡事故ゼロ1000日達成の表彰式が行われ、北海道交通安全推進委員会からと富良野地方交通安全協会から表彰状が本田会長に授与された。続いて富良野警察署の高橋徹副署長が交通安全講話を行った。同副署長は8月上旬から今月にかけて富良野市と南富良野町で発生した4件の交通死亡事故の状況や事故原因などについて説明した後、「スピードを出し過ぎない、無理な運転をさせない―など家族で安全運転を求める一声が大事」などと訴えた。
 最後に上富良野高校生徒代表、町PTA連合会、いしずえ大学、上富良野町建設業協会の4団体の代表者が「悲惨な交通事故を1件でも減らし、犠牲者を一人でも少なくするために私たち一人ひとりが交通安全の意識を高めます」などと4項目の交通安全宣言を行った。
 なお、大会終了後に道警音楽隊(19人)による演奏が行われ、10人のカラーガード隊によるドリル行進が披露され、参加者たちをしばし楽しませた。



初のふらのカップ車椅子バスケットボール大会

 NPO法人ふらの体育協会(野嶋重克理事長)主催の「第1回ふらのカップ車椅子バスケットボール大会」が9日、富良野スポーツセンターで開かれた。旭川リバーズ、FREEZZ(釧路)、札幌ノースウインドの3チームが出場して熱戦を繰り広げた結果、札幌ノースウインドがふらのカップを手にした。
 同大会は昨年10月に富良野市で開催された北海道障害者スポーツ大会に車椅子バスケットボール種目が採用されたことから、「車椅子バスケットボール種目の普及を図るため、北海道の中央に位置する富良野で年1回集まり、交流を図りたい」との要望から、初めての開催となった。
 開会式では野嶋理事長が「ふらの体育協会としては、友と共に楽しむ生涯スポーツを創りだす活動を基本理念としています。北海道障害者スポーツ大会の開催をきっかけに、健常者だけではなく、障がい者の方々にも優しい施設づくりやスポーツ活動のサポートを目指している。車椅子バスケットボールは競技人口が少なく、チームも点在し、道内での大会も少ないと聞いております。スポーツの魅力はプレーしている者以外にも広く影響を与えるものだと思います」などとあいさつ。続いて宇佐見正光教育長も歓迎のあいさつを行い、出場選手を激励した。
 車椅子バスケットボール競技のルールは、健常者と同じ。1クォーター10分を4回行い、1試合を終了するのに約1時間半を要する。出場選手の中には健常者や女性も含まれ、車椅子を巧みに操作しながらゴール下でシュートし、さらにボールを遠くにパスするなど、激しい攻防戦が終始繰り広げられていた。

2012年9月11日火曜日

男女2人が死亡 9日夕、大型トラックとレンタカーが正面衝突

 9日夕、富良野市山部東の国道38号線沿いで大型トラックとレンタカーが正面衝突し、レンタカーに乗っていた3人のうち男女2人が死亡、1人が重傷を負った。富良野市内では1か月前の8月8日、東山の国道38号線沿いでワゴン車と大型トレーラーが正面衝突し、2人が死亡、2人が重軽傷を負っており、28日夜には、東鳥沼の道道で乗用車と農薬散布車が衝突し1人が死亡した。さらに24日に南富良野町の国道237号線沿いで大型トレーラーが単独事故を起こし、運転手が死亡した。わずか1か月で富良野管内の交通死亡事故が4件も相次いで発生し6人が亡くなった。
 富良野署の調べによると、同日午後4時23分頃、旭川市豊岡5条1丁目、運転手渡辺信行容疑者(24)の大型トラックが富良野市内方向に走行中、対向車線をはみ出し、帯広方向に走行中のレンタカーと衝突した。レンタカーには男女3人が乗っており、10日午後2時時点でまだ身元が確認されていない。同署は自動車運転過失傷害で現行犯逮捕した。事故原因については詳しく調べている。
 事故を目撃し通報した農産物直売所を国道沿いに出店している50代の女性は「大型トラックとレンタカーが衝突する瞬間を目撃した。一瞬の出来事だった。レンタカーが大型トラックの下敷きになっているとは思っていなかった」と青ざめた表情で語った。
 なお、富良野市内では1年前の9月5日、学田三区の国道38号線沿いで乗用車と大型トラックが正面衝突し、高齢者3人が死亡、1人が重傷を負っている。この1年間で交通死亡事故が計4件発生し8人が死亡するという異常事態だ。



全道書道コンクールで快挙 4部門で最高賞に輝く

 第43回全道書道コンクールで富良野と上富良野の書道教室に通う生徒4人が毛筆、高校ペン字、実用書道、ボールペン字の4部門で最高賞に選ばれる快挙となった。同コンクールは、国際書道協会が主催し、道内で最大級の応募総数を誇る。今回寄せられた作品数は道外を含め、小学生から大人まで計1万903点に上った。
 見事最高賞に輝いたのは、毛筆高校1年生の部で富良野緑峰高1年の古川朋佳さん(16)、高校ペン字の部で旭川藤女子高2年の井口椎菜さん(16)、実用書道の部で荒木洸春さん(72)=富良野市朝日町=、ボールペン字の部で介護職員の穴澤紅琴さん(29)=同山部=。
 古川さんは小学3年生から静琴書道学院(大橋静琴主宰)=市内本町10番34号=で書道を学んでいる。受賞した作品は空海の「風信帖」の中にある『恵止観妙』の4文字を選んだ。古川さんは「バスケット部のマネージャーをしており、忙しく週1回書道教室に通っています。最高賞は初めて。とても嬉しい。今後も最高賞を取れるよう一生懸命練習していきたい」などと笑顔を見せた。
 井口さんは小学2年生の時から上富良野町の紅静書道学院(飯沼紅静主宰)に通っている。受賞した作品は島崎藤村の「椰子の実」の作品にある『名も知らぬ遠き島より流れ寄る 椰子の実ひとつ 故郷の岸をはなれて なればそも波にいく月』を選んだ。井口さんは「最高賞は思ってもいませんでした。今後は毛筆の部でも作品を出品し挑戦したい」と気持ちを引き締めていた。
 荒木さんは13年前から静山会(山田静洸主宰)=千歳市=で書道を習っている。受賞した作品は『君よ知るや南の国 木々はみのり 花は咲ける 風はのどけく 鳥は歌い』。荒木さんは「孫の世話をしなくてすむようになったため、何かしようと始めたのが書道でした。指導してくれている先生は当初富良野にいましたが転出したため、通信指導で作品を応募しました。まさかの最高賞です。今後は年齢のこともありますが、できるだけ書道と親しんでいきたい」と受賞の喜びを語った。
 穴澤さんは小学2年生から静琴書道学院に通っている。受賞した作品はトルストイの作品の中から選んだ『善をなすには努力を要する。然しながら悪を抑制するには一層の努力が必要だ』。穴澤さんは「高校3年生の時、全道学生書道展の毛筆の部で最高賞を受賞したことがありますが、同コンクールでは初めて。今度は毛筆の部でも最高賞を目指したい」と気持ちを引き締めている。
 今年から同コンクールの審査員に選ばれ、富良野市内で書道学院を経営している大橋静琴さんは「私の書道学院では一度に2人の生徒が最高賞を取ったことがありますが、書道教室に通う富良野沿線の生徒4人が、それぞれの部門で最高賞に選ばれたのは初めてのこと。現在、書道に励んでいる生徒たちに大きな励みになるものと思います」と生徒たちの日頃の努力を称賛している。
 なお、同コンクールでは特別賞一席(第2位 各部門、学年1人のみ)に幼児小1の部で、新山胡珀さん(富良野小、静琴書道学院)、実用書道の部で小林琴瑶さん(富良野市若松町、静琴書道学院)がそれぞれ選ばれた。また、特別賞二席(第3位 各部門、学年1人のみ)に高校ペン字の部で藤澤梨紗さん(富良野高、遊書道教室)が選ばれた。